琉球列島サンゴ環境DNAアトラス

概要

琉球列島のサンゴ礁の成り立ち

太平洋の西方、ユーラシア大陸の大陸棚の東端、大陸からおよそ600~900km沖合の九州の南と台湾の北にかけて、フィリピンプレートのユーラシアプレートへの沈み込みに沿って弧状に連なる島嶼群が琉球弧と呼びます。琉球弧の島々は南から八重山諸島、宮古諸島、沖縄諸島、奄美群島、トカラ列島、大隅諸島などに大別されます。琉球弧の南部の島々が琉球列島で、最大の沖縄島、さらに西表島や石垣島、宮古島などが続きます。琉球列島の各島は、2つのプレート境界に成立していることから、各島嶼の隆起または沈降、そして氷期と間氷期などにより、長期的に相対的な海面の上下を繰り返してきました。

サンゴ礁を形成するサンゴは光合成を行う褐虫藻と共生するため、成長に太陽光を利用します。そのため、サンゴ礁の成長は太陽光の影響を受け、そもそもの海底地形に加え長期的な海面の上下により様々なサンゴ礁地形が形成されてきました。琉球列島で、最も一般的なサンゴ礁は、島の周囲を縁取るように形成された裾礁です。裾礁地形は、沖合で波を砕く高まりである礁嶺、その内側の水深数mから十数mの水域である礁池、礁嶺外側から水深十数mから数十mに落ち込む礁斜面などに大別されます。各島の周囲に孤立して形成される大小の離礁(台礁や卓礁)も、琉球列島には数多くみられます。琉球列島の西方には、フィリピンや台湾そして琉球列島や九州、本州を連絡する黒潮(暖流)が南から北に向けて流れており、この海流によって比較的高緯度にまで、熱帯性の海産生物が分布するといわれています。黒潮は、サンゴ礁を形成するサンゴをはじめ多くの熱帯性生物の、それらの分布の中心とされているフィリピン、インドネシア、パプアニューギニアを含むコーラルトライアングルと琉球列島を連結し、黒潮から生まれる渦によっても琉球列島と台湾や九州、本州との、さらに各島間の連結にも寄与していることも明らかにされてきました。西太平洋における熱帯海産生物の生物多様性の、島嶼間、海域間の生態系ネットワークが大きな注目を集めています。こうした地学的条件により、さらに各島内の河川や干潟、湾の有無や大小、市街地の規模などの様々な環境条件により、琉球列島の各諸島、各島嶼により分布するサンゴ類は異なります。数多くの島々にどのような種が分布するのか、これまでに記録されてきた地域や種はほんの一部にとどまります。これまでの撮影や採取による分布の記録に加えて、この環境DNAによる調査は、琉球列島のサンゴ類の分布の全体像を明らかにすることに大きく貢献をすることが期待されています。

上述したように琉球列島は日本列島南西諸島の一部であり、琉球列島は日本列島南西諸島の一部であり、大東諸島および尖閣諸島を除く沖縄県全域の島嶼群を含み(従って大東諸島および尖閣諸島は本アトラスに含まれません)、沖縄島(沖縄本島)をはじめ、与那国島、波照間島、西表島、石垣島、多良間島、伊良部島、宮古島、久米島、渡名喜島、粟国島、慶良間諸島、伊是名島、伊平屋島など、多くの島々から構成されています。亜熱帯域に属するこれらの島々の浅瀬には美しいサンゴ礁が広がっています。サンゴ礁は地球の海面の約0.2%とわずかな範囲しか占めませんが、海洋生物の約30%がそこに生息しているとされ、海の生物の多様性が最も豊かな場所の一つです。水産業や観光業を含め、サンゴ礁は私たちに多くの恵みを与えてくれています。しかしながら、地球環境の悪化、特に海水温の上昇によるサンゴの白化やオニヒトデによる食害などにより、サンゴ礁の将来が危惧されており、世界各地で健全なサンゴ礁を維持する取り組みが進められています。 サンゴ礁を形成するサンゴは、主として刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱に属する有藻性(光合成能を持つ褐虫藻類と共生する)イシサンゴの仲間です。日本には約83属400種が知られています。このほか、花虫綱八放サンゴ亜綱に属するアオサンゴ類や、刺胞動物門ヒドロ虫綱に属するアナサンゴモドキ類もサンゴ礁形成に貢献しています。サンゴの研究はこれまでサンゴ研究者によるスキューバダイビングによる直接観察を中心に行われ、サンゴの分類や生態についての多くの知見が得られてきました。しかし、潜水調査にはいくつかの限界があります。我々はそれら従来の方法を補い、より広範かつ分類学的に高い精度を持つ手法として、サンゴ環境DNAメタバーコーディング(eDNA-M)法を開発し、確立いたしました(前述)。これにより、琉球列島の多くのサンゴ礁における有藻性イシサンゴの実態が、明らかになりつつあります。

私たちはこのようなデータは公開され、誰もが自由に閲覧・利用できるようにすべきと考えています。こうしたサンゴ礁研究の現状を踏まえ、本アトラスでは、琉球列島のサンゴ環境DNAデータを広く公開いたします。沖縄島をはじめとして、与那国島と波照間島を除く上記の12島における環境DNAデータはすでに取得済みであり、今後順次公開していく予定です。まず第1報として、沖縄島サンゴ礁環境DNAアトラスをここに公開いたします。 このサイトでは、サンゴ礁の生態調査およびeDNA-M調査によって得られたデータを公開しています。下のリンクから各データセットをご確認ください。

この調査に属する地点数合計: 231

沖縄島とその周辺諸島
沖縄島とその周辺諸島
地点数: 63
緯度: 26.44564917
経度: 127.8950242

沖縄本島(沖縄島)は沖縄諸島の中で最大の島です。南北に約100 km、東西に約4〜28 kmと細長い島ですが、地形に非常に特徴があり、南部は新生代の地層からなる平坦またはなだらかな丘陵地形、隆起サンゴ礁地形が、北部では古生代~中生代の地層からなる山がちな地形(やんばるの森など)が特徴です。島全体にサンゴ礁が発達しており、特に西海岸の恩納村沿岸では海流が比較的穏やかなこともあって、テーブル状・枝状のミドリイシサンゴが大きく美しく広がり、サンゴ礁観察ツーリズムの中心となっています。また本島周辺には、伊江島、瀬底島、津堅島、久高島などの離島があり、本島とともに複雑なサンゴ礁景観を形成しています。 一般財団法人沖縄県環境科学センター(OESC)では2004年から「環境省モニタリングサイト1000プロジェクトサンゴ礁調査」を受託し、沖縄島の南から北までの63地点を対象として、ほぼ毎年サンゴの生息調査を行ってきました(OESCについては写真集の項を参照)。OISTでは2021年からこの事業の協力を得る形で、サンゴ環境DNAメタバーコーディング(eDNA-M)調査を開始しました。ここには主に2021~2022年に採水したデータを掲載しています。 沖縄島西海岸の恩納村沿岸から北部海岸では、2024年の夏から秋にかけて主として海水温の上昇により大規模なサンゴ白化が発生しました。その結果、ミドリイシサンゴ(Acropora)の大規模な消失に至りました。ここで公開しているデータは、その白化が発生する前の健全なサンゴ礁の状況を記録したものです。今後の回復過程を評価するための基礎データとしても貴重であると考えています。

伊平屋島・伊是名島
伊平屋島・伊是名島
地点数: 20
緯度: 26.980687
経度: 127.9527935

伊平屋島(いへやじま)・伊是名島(いぜなじま)、あるいは伊平屋・伊是名諸島は、伊平屋島、野甫島、具志川島、伊是名島、屋那覇島の主要な5つの島からなり、沖縄島の本部半島の北に位置する島々です。伊平屋島は沖縄島の本部半島から北に約41 kmの位置にあり、南北に伸びる細長い島です。面積は約20.6 km²、海岸線長は34.2 kmです。鹿児島県の与論島が東方約37 kmに位置しています。比較的高い山並みと切り立った海岸線を有し、サンゴ礁が発達しています。伊是名島は伊平屋島の南に位置する比較的平坦な島で、面積は約14.1 km²、海岸線の長さは約16.7 kmの小さな島です。 サンゴ礁に生息するサンゴの種類は、攪乱によるダメージ(台風や高水温によるサンゴ礁の破壊)と、その後の再生を繰り返すことで変化しています。近年の地球温暖化がサンゴ礁に与える影響は大きく、夏季の高水温を原因とする世界的なサンゴの大規模な白化現象が、1998年をはじめとして2026年までに少なくとも4回発生したことが知られています。近年、世界中のサンゴ礁は基本的に劣化(サンゴ礁に生息するサンゴの減少)していますが、例外的にサンゴ礁が良好に回復している地域もあります。2024年冬の時点では、沖縄県北部から伊是名・伊平屋地域にかけては、サンゴ礁が非常によく回復している地域でした。私たちは、回復した健全なサンゴ礁にどのようなサンゴが生息しているのかを調べるため、2024年1月13日に主として伊平屋島で、翌14日に伊是名島で、環境DNAによる調査と目視による調査を行いました。調査地点は、本文や図に示すとおり、計20地点です。

慶良間諸島
慶良間諸島
地点数: 19
緯度: 26.20595474
経度: 127.2903632

慶良間諸島は沖縄本島の西方、那覇空港からおよそ30 kmの海上に位置しています。渡嘉敷島、座間味島、阿嘉島などの比較的大きな島々に加え、多数の小さな無人島が点在し、複雑な地形を形成しています。慶良間諸島のサンゴ礁は、1998年の大規模な白化現象や2000年頃のオニヒトデの大発生により大きなダメージを受けました。しかし、その後サンゴ礁は徐々に回復しました。また、2014年には慶良間諸島が国立公園に指定されました。 私たちは、沖縄島と慶良間諸島を比較することで、それぞれのサンゴ礁の特徴をより明確にできるのではないかと考え、2023年に環境DNA法によるサンゴ礁調査を行いました。調査地点の中では、安護の浦が最も内湾的な地形を示しています。一方、渡嘉敷島、座間味島、阿嘉島に囲まれた海域は、潮通しが良く典型的な内湾とは異なるものの、直接外洋にさらされず、水深もそれほど深くないという特徴があります。さらに、座間味島および阿嘉島の北西側に位置する調査地点は、外洋の影響を強く受けています。

粟国島
粟国島
地点数: 5
緯度: 26.585545
経度: 127.2359528

粟国島は沖縄島北部の名護市から西約75kmに位置し、面積は約7.6km²、海岸線長は12.8kmの比較的小さな島で、地理的には沖縄島と久米島のほぼ中間に位置します。島のほぼ南方に位置する渡名喜島では、そのサンゴ礁を構成するサンゴ類のパターンが、東に位置する慶良間諸島や西に位置する久米島のサンゴ礁とは大きく異なることが認められました(渡名喜島の項を参照)。同様の特徴が粟国島でも見られるでしょうか。調査は2025年8月18日に行いました。調査地域は本文や図に示す1〜5の5地点で、地点1〜3は島の東岸沿い、地点4は南側の礁池、地点5は島の南西端に位置します。

渡名喜島
渡名喜島
地点数: 5
緯度: 26.3690172
経度: 127.1426178

渡名喜島は慶良間諸島の北西、また久米島の東に位置し、この二つの島のほぼ中間にあたります。面積は約3.5km²、海岸線長は12.5kmの小さな島です。慶良間諸島西側海域のサンゴ礁と、久米島東側海域(ハテの浜を含む)のサンゴ礁では、それらを構成するサンゴ類にかなりの違いが見られます。その両者の中間に位置する渡名喜島のサンゴ礁が、どのようなサンゴ類によって構成されているのかを、サンゴ環境DNAを用いて理解することが本調査の第一の目的でした。調査は2025年8月15日に実施しました。調査地点は本文および図に示す1から5の5地点で、地点1と5は島の西側、地点2は北側、地点3は東側、地点4は南側に位置しています。

久米島
久米島
地点数: 13
緯度: 26.34344215
経度: 126.8195932

久米島(くめじま)は沖縄(本)島から西に約100 kmの東シナ海に位置し、海岸線の長さが53 km、面積は59 km²あります。琉球列島で7番目に大きく、沖縄諸島の中では最も西に位置する島です。個人的な感想ですが、初めて久米島を訪れて以来、この島は、それぞれの調査サイトの「生物地理学・地質学特徴」と「サンゴ礁を構成するサンゴ(属)の相関性」(もしあるとして)を調べる上で、琉球列島の中でも最も魅力的な島ではないかと考えています。 久米島の航空写真を見てください。那覇空港を飛び立った飛行機が直ぐに慶良諸島上空を通過し、そして間もなく前方に見え出してくる久米島は、いつ見ても私の心を揺さぶります。まず、西側の島そのものはダイヤモンドのような形をしており、しかも標高が平均310 mもあります。島の海岸線はそのまま急峻な崖となって深海に落ち込みます。島の北東部に沖縄県海洋深層水研究所があり、612 mの深さから汲み上げた海洋深層水を研究するとともに、クルマエビの養殖などにも利用しています。飛行場のある西銘崎近くでは、西からの黒潮の支流が北と南の二つに分かれて東に向かいます。人が住む南海岸域に比べ、人の住む余地があまり無い北海岸域は300 m以上もある高さから崖が切り込み、美しい滝を幾つも見ることができます。 この島の地理的魅力は、この岩石の隆起した島の東側に、はてのはまと呼ばれるサンゴ砂洲島(coral sand cay)が全長5 km以上に渡りつながっていることです。ハテの浜砂州の美しさは多くの観光客を魅了しています。ハテの浜北側は島同様に急峻で海流は早く、一方で南側は砂浜が入り組み流れは緩やかになり、さらにその南側の島尻湾は流れのゆったりしたサンゴ礁域を形づくっているようです。岩礁からなる島のサンゴ礁、砂浜であるハテの浜のサンゴ礁、またハテの浜の北側と南側、島尻湾のサンゴ礁。これらのサンゴ礁を構成するサンゴ(属)は同じでしょうか。あるいは相違しているでしょうか。 環境DNAが答えを出してくれることを期待して、久米島eDNA-M調査は2024年6月10日に行われました。一方、スポットチェックによる目視調査は2003年8月24・25日に行われています(久米島の場合は両者を同時に行なっていません)。しかしながらこの間にサンゴ礁生態系を揺るがすような大きな気候変動は起こっておらず、両者は直接的に比較可能であると考えています。またここでは水深15 mまでの浅瀬のサンゴ礁を対象としていますが、我々は水中ドローンの助けを借りて水深約80 mに至るまでの久米島10ポイントのサンゴ群集を調査しています。その結果は近い将来に「サンゴ環境DNAアトラス・準深海」に掲載する予定です。

宮古島・伊良部島
宮古島・伊良部島
地点数: 9
緯度: 24.81555444
経度: 125.2211644

伊良部島は宮古島の約5 km西にある島です。航空写真からは見づらいですが、伊良部島の西には細い水路で隔てられた下地島が隣接しています。宮古島地域のサンゴ礁は、沖縄島周辺のサンゴ礁に比べて、2016年の大規模な白化現象で特に大きな被害を受けました。我々が環境DNAで調査を行った2023年は、2016年の大規模な白化現象からの回復がかなり進んでいた時期でした。

宮古島・八重干瀬
宮古島・八重干瀬
地点数: 37
緯度: 24.96054314
経度: 125.2768356

八重干瀬(やびじ)は、宮古島の北方に東西約5 km、南北約20 kmにわたって点在する広大なサンゴ礁群です。夏季の高水温による世界的なサンゴの大規模な白化現象は、1998年以降、2025年までに4回発生したことが知られています。宮古島地域のサンゴ礁は、沖縄島周辺のサンゴ礁に比べて、2016年の大規模な白化現象で特に大きな被害を受けました。我々が環境DNA調査を実施した2023年は、その被害からの回復がかなり進んでいた時期にあたります。

多良間島・水納島
多良間島・水納島
地点数: 18
緯度: 24.68559767
経度: 124.6986333

多良間島(たらまじま)は宮古島の西約67 km、石垣島の東約35 kmに位置する島です。多良間島は、東西約6 km、南北約4.3 kmの楕円形をしています。また、その北方約8 kmには水納島(みんなじま)があります。多良間島は隆起サンゴ礁の島で、島全体は平坦で、島の周囲は砂浜の海岸に囲まれています。海水の透明度は高く、砂地に点在する岩礁を豊かなサンゴ群落が覆っています。宮古島と石垣島の間は100 kmほどの距離があります。多良間島は、その間のサンゴ礁がどのようなものかを知るためのヒントを与えてくれるのではないかと期待し、2025年10月16日・17日の両日にわたり、多良間島で13ヶ所、水納島で5ヶ所のサンゴ礁上の表面海水を採水し、そこに含まれるサンゴの環境DNAを解析しました。(なお、多良間島では目視調査による写真を入手していませんので、環境DNAのデータのみを展示します)。

石垣島
石垣島
地点数: 42
緯度: 24.46475626
経度: 124.2093227

石垣島(いしがきじま)は、琉球列島の中で沖縄島、奄美大島、西表島に次いで4番目に大きく、その面積は約222 km²です。島は概ね五角形で、その北東方向に細長い野底半島や平久保半島が伸びています。島全体の海岸でサンゴ礁が発達しており、特に石垣島とその西の西表島に囲まれた海域は石西礁湖と呼ばれ(竹富島や小浜島などが点在します)、浅瀬に多様性豊かなサンゴ礁が広がっています。また南東側の白保サンゴ礁は、120種を超えるサンゴの生息地として、またアオサンゴの大群落を見ることのできるサンゴ礁として有名です。本調査は2025年9月25日から28日の4日間、石垣島全海岸のサンゴ礁をカバーできるように行いました。なお、石西礁湖については、毎年地元のサンゴ礁保全関連団体が報告を出しており(例えば石西礁湖ポータルウェブサイト)、本アトラスの対象とはしていません。島全体を取り囲むサンゴ礁を把握し、島の北側と南側、東側と西側などの生物地理学的要因と関連して、サンゴ礁を構成するサンゴ属に違いがあるかなどを理解できればと考え、環境DNAの調査を行いました。